時々、早朝に近くの公園にランニングに行きます。最近、公園での経験を通して人間にとって幸せ(well-being)とはなんだろうかということを考える機会がありました。認知行動療法は、何らかの理由で幸せでない状態になっている人が幸せになることを支援する方法であるともいえます。

そこで、今回のエッセーでは、私の公園での細やかな経験を通して人間にとっての幸せ、そして認知行動療法の目指すところについて考えてみることにしました。書き始めてみると、思いの外、結論が出るまでに時間がかかってしまいました。それで3回連載となってしまったことを、最初にお詫びしておきます。

朝の公園は、結構賑やかです。まずは早起きのお年寄りの方が力強いフォームで散歩しています。それから、カラフルなウエアーに身を包んだ老若男女の皆さんがジョッギングをしています。流行りのコンプレッションパンツで颯爽とジョッギングしている皆さんの後ろ姿は眩しく感じられます。

私が公園は賑やかであると書いた最も重要な要因はワンちゃん(犬)を連れた方が多いからです。しかも、最近は2匹以上を連れている方も多くなっています。そのワンちゃんの多くが洋服を着ているのです。

洋服と言っても、非常に袖が短いので、幅広の腹巻きのようなものです。それらは、決まってカラフルです。カラフルでなければ、ブランド品を模した、渋いお洒落なデザインであったりします。飼い主の方は、「〜ちゃん」と名前で呼びかけ、まるで子どもや恋人に話しかけるように優しくスウィートです。

飼い犬を溺愛している知人のおばさんが、「自分の息子も、この△◯ちゃんにように可愛がっていたら、もう少しまともな人間になっていたと思うわ」と真剣な表情で語っていましたが、それは、とても真実味がありました。ワンちゃんに洋服を着せている飼い主の皆さんは、(私の観察によれば)ほぼ全員がとても幸せそうです。穏やかな表情をしておられます。

このようなときに、いつも疑念が湧いてきます。それは、ワンちゃんたちは、飼い主の皆さんと同じように幸せなのだろうかという疑問です。これについては、リサーチクエスチョンとして、次回のエッセーで考えてみたいと思います。

H.S.