時間の余裕があるときには近くの公園を散歩している。冬の朝などは少々つらいが、よし頑張るぞと思って外に出て歩きだすと、ああ来てよかったと感じる。最近は、春の到来を感じつつ歩いている。開き始めた桜のつぼみを見つけたりすると嬉しくなる。

いつものコースを辿りながら公園を歩く意味とは何だろうと考えを巡らしてみた。まず公園は、安全である。都心のように急に車や自転車が飛び出してくることはない。ビルのような圧迫感もない。木々は、風にそよぐことはあれ、じっとそこに佇んでおり、私を脅かすことはない。だから安心して歩ける。

さらにいえば、木々はビルと違って生きている。呼吸をしている。木々は動かないが、そこには緩やかなつながりがあり、森を形成している。森の中を歩くことは、その緩やかなつながりに参加することである。そして、木々とともに呼吸しながら身体を動かしている自分を感じる。それが、私にとって心地良い。この心地よさが日々の生活の活力につながっているように感じる。

認知行動療法は、考え方(認知)を変えて行動を変えることで、より生活しやすい在り方を身に着けていく方法である。そのような変化に向けて土台となるものとして、このような心地良さの重要性が注目されている。それがマインドフルネスである。日本人は、実は日々の生活でマインドフルネスを実践している。

森の中の散歩の心地よさは、それが森林浴になっているからである。森林浴は、温泉浴の心地よさに通じる。温泉に浸かって無心になる境地。それは、マインドフルネスの究極の在り方ではないだろうか。このような日本文化の財産である生活習慣に根ざした認知行動療法を提供したいと思っている。

(H.S.)