1対3の黄金比

エレーヌ・フォックス著「脳科学は人格を変えられるか?」(文藝春秋)を読む機会があった。そのなかに、幸福に関する興味深い研究が載っていた。心理学者のバーバラ・フレドリクソンによれば、豊かな人生を送りたければ、ネガティブな感情を1つ感じるごとにポジティブな感情を3つ感じるべきとのことだ。

この研究のおもしろさは、ネガティブな感情をぜんぶ排除しようとすることを薦めているのではなく、この1対3の比率を守るように努力することを提唱していることである。つまり、自分のなかに、怒りや不安や悲しみなどのネガティブな感情を1回経験したと気がついたら思いやりや満足や感謝や喜びなどのポジティブな感情を3回経験するよう心がけるべきということである。このような心がけには、普段、我々が見逃しがちな自分自身のポジティブな感情に気づかせる効果もあると思われる。

先日、早朝の駅のホームに向かう階段で、目の前を歩く人が「歩きスマホ」をしていたこともあり、なかなかホームに到達できず、通常なら乗れるはずの電車に乗り遅れたことがあった。その次の電車が来るまでかなり待たなければならなかったこともあり、私の心は(恥ずかしいことに)苛立ちの感情でいっぱいになってしまった。

ぐちゃぐちゃした気持のまま次の電車に乗って、目的地に着き、コンビニに入って飲み物を買おうとしたのだが、レジの所で、どういうわけか100円硬貨を500円硬貨と間違えて店員さんに出してしまい、しかも、私はそのことに気づいていなかったため、今度は、なかなか反応しない店員さんに苛立っていた。すると、その店員さんは「お客様・・・」と言いながらニコッと笑ってこちらを覗き込んだ。

私は自分の間違いに気がついて、慌てて「すみません」と言いながら不足金額を支払ったのだが、その瞬間、店員さんとの間で笑いが生まれた。店を出た後、私は思い出し笑いをしながら歩いていたのだが、いつの間にか、苛立ちの感情がおさまっていることに気がついた。この事例の場合、私はポジティブな感情を経験しようと心がけたわけではないが、結果として経験することができた。

1回のみの経験であったが、十分に効果はあり、その日一日を穏やかな気持で過ごすことができた。ニコッと笑って対応してくれた店員さんに感謝したい(ここまでエッセイを書いてまた1回、ポジティブな感情を経験できた)。

(S.M.)