下山晴彦

 

1.うつ病治療は適切に行われていない

我が国では、自殺者数は14年連続で3万人以上となっており、その4分の3を超える者が直前にうつ病をはじめとする精神障害を有していたと指摘されています。厚生労働省資料によれば、気分障害の患者は100万人を越えているとされます。また、うつ病の診断基準を満たさないまでも,気分の落ち込みや興味・喜びの減退といった抑うつ症状を示す人の割合は、人口の約15%とも言われています。

この間、国や企業による様々な対策が行われてきています。相当な資金がつぎ込まれているのにもかかわらず、うつや自殺問題は依然として改善されていません。このようなメンタルヘルスの問題が維持されてしまっている隠れた要因になっているのが心理社会的バリアの存在です。

うつ病に対しては,周知のように多数の効果研究によって、有効な治療サービスに関するエビデンスが蓄積されています。主要なガイドラインでは,うつ病に対する薬物療法,認知行動療法,対人関係療法などが,効果のある治療サービスとして挙げられています。我が国におけるうつ病の治療はこれまで薬物療法が中心でしたが,かなり厳しい限定がついていますが、2010年の診療報酬改定によりうつ病に対する認知行動療法が保険適用化されることとなりました。

これにより,我が国においても認知行動療法へのニーズに応える準備が整ってきています。政府も、うつ病についての知識を多くの人々に伝え、本人及び周囲の者が早めに気づき、受診率を高める方針で啓発活動を行ってきています。 このようにうつ病に対してその有効性が実証されているサービスが存在し、それが国民に知られるようになっています。しかし、それによって問題が改善されつつあるように思えません。むしろ、うつ病に関しての知識が広まったのにもかかわらず、個人も社会もうつ病に対して適切な対応ができていないことが明らかになってきているのです。

 

2.うつ病の治療を妨げるサービスギャップと心理社会的バリアー

実際のところ、多くの人が適切な治療を受けられていないことが国内外のデータから明らかになっています。我が国でも外国でも、うつ病罹患者の受療率は約4分の1となっています。また,抑うつ・不安症状を呈する人のうち,専門的なサービスを求める割合は18~34%程度という結果も示されています。このようにサービスと需給がマッチしていない現象は、“サービス・ギャップ”と呼ばれています。したがって、治療サービスの受け手と治療者との間のギャップを埋めることがうつ病対策における大きな課題となっているのです。

そして、このようなサービス・ギャップの背景にあって、それを維持させてしまっているのが、心理社会的バリアです。 社会的努力にもかかわらず、サービス・ギャップが解消されない要因として考えられるのは、精神症状への自覚のなさ,重症度の過小評価,スティグマによる受診回避などがあります。これらが、うつ病の早期の治療を妨げている心理的バリアです。

しかし、それは、単に個人的な要因ではなく、そのような心理的バリアが形成された背景には、社会的な価値観が関係しています。日本社会では、過労死や「サービス残業」という言葉に表れているように“働くこと”に関する独特の価値観が存在します。機能的であることに高い価値を認める企業や、「働かざる者食うべからず」といった社会的価値観は、時として個人のメンタルヘルスの促進や回復を妨げる「心理社会的バリア」を生み出しているのです。

心の迷路

 

それは、不調を来した際に早めに受診行動をとらない、むしろ避けてしまうという援助要請行動の欠如ということに表れます。例えば、メンタルヘルス不調によってケアを必要としていても、他者の目や人事評価を気にするために、必要な支援を受けないまま過ごしてしまい、結果として休職を余儀なくされるといったことはしばしばみられます。家族や上司がうつ病を適切に理解し、支援を行うことによって未然に防ぐことができた問題が、心理社会的バリアが存在することによって悪化してしまいます。

 

3.うつ病の回復を妨げる心理社会的バリアー

しかも、この心理社会的バリアは、初期治療の問題とかかわるだけではない。回復を妨げていえるという面もあります。たとえ生物学的に回復したとしても、「働かなければ」という意識が無理な復帰や職場への過剰適応によりうつ病の再発を引き起こしています。そのため、心理社会的なバリアによって回復が妨げられてしまうのです。

このように心理社会的バリアは、メンタルヘルスの促進および不調からの回復を阻む障壁をとして機能しています。したがって、メンタルヘルスの専門職は、こうしたバリアの解消、すなわち「心理社会的バリアフリー」を目指すことを重要なテーマとなります。

心理社会的バリアの形成には、個人だけでなく、企業や社会といった環境による要因が大きく関わっています。そこで、社会の中にあり、そして日本人の誰の中にもある心のバリアを見つめ直すとともに、企業などの協力を得て、働くこと、そして生活していくことについての新たな価値創造を目指さす社会システムを構築することを求められています。

メンタルヘルス

欧米と比較すると,日本は心理的な問題に関して特に自ら援助を要請しなければ治療・援助サービスを受けにくい社会構造です。例えば英国のような家庭医制度の下では,一般的な健康上の問題の延長として心理面の相談を受けたり,家庭医が主導して専門機関にリファーを行ったりすることが可能です。そのような制度のない我が国においては,心理面の問題について自らが認識して治療や援助を求めていかねばならない状況になっています。その点で援助要請行動がより重要になるわけです。

本センターは、多くの皆様が支援を求めやすいようにするため開設いたしました。できる限り敷居や値段を低くし、皆様が気楽に、そして安心してご自身のメンタルヘルスの取り組むことができることに貢献できればと願っています。