認知行動療法の技法のなかに「エクスポージャー(曝露法)」といわれるものがあります。これは、不安な状況に、あえて自分自身をさらす(曝す)ことです。心理学では、不安な状況に、自分自身をさらしていると、時間の経過とともに不安が少しずつ下がっていくことが確認されています。

このことを利用して、不安が生じるような苦手な状況を避けるのではなく、その状況にあえて身をおき、時間の経過とともに不安が下がるのを体験してもらいます。すると、「時間をかければ、何とかなるものだな」という気づきが得られます。そして、このような試みを何回も繰り返すことによって、「何とかなる」という自信が生まれてきます。

しかし、よく考えてみると、このようなことは、誰もが知らず知らずのうちに経験していることとも言えます。人は、環境が、馴染みあるものから目新しいものへと変化するとき、好奇心と同時に不安を感じます。特に、適応することが強く求められるような環境では、「うまく適応できるだろうか」という不安が高くなります。

このような不安が高まる際たる場面の1つが、就職ではないでしょうか。幼いころより通い続けていた学校という環境から、通い続けた経験のない職場という環境への変化は劇的なものがあります。したがって、新入社員として初出勤するときは、多くの人が、清水の舞台から飛び降りるような感覚を覚えるのではないかと思います。

そして、しばらくは無我夢中と言っていいぐらいの日々が続きます。最初ですから、重要な仕事は任されることは少ないですが、ちょっとした失敗をやらかしてしまうことは少なくありません。そのたびに、ちょっとへこみながら、失敗しない方法を学習していきます。この繰り返しです。そうこうしているうちに、少しずつ周囲が見えてきます。そして、「何とかなっている」自分自身にも気づきます。小さな自信が芽生えます。

こうした「清水の舞台から飛び降りる」感覚を伴った新規場面への突入と、そこで繰り返される失敗と学習によって、知らないうちに不安が低下し、自信が生まれるという就職のプロセスは、エクスポージャーを連想させます。筆者自身も、大学を出て初めて就職し、とにかく我武者羅にがんばっていたとき、久しぶりに会った家族から「何だか顔つきが変わったね。社会人ぽくなった。」と言われ、意外に感じた記憶があります。きっと、いつの間にか適応していたんだな、と今は思います。

(S.M.)