映画館と没頭体験と心配事

 私は、映画館で映画を観るのが好きです。
 あの広くて暗い空間のなかで映像を観ると、作品に没頭することができます。もちろん、自宅のテレビでレンタルで借りたDVDを再生して映画を観ることもありますが、映画館のなかほどは没頭できません。映画館ではなぜ没頭できるのか、改めて考えてみました。

 1つは、物理的な要因が没頭を可能にするということがあると思います。巨大なスクリーンに映し出される映像の効果と、密閉された空間で響き渡る音響の効果によって、まるで観る人自身が映画の世界に入り込んでいるように感じられます。

 もう1つは、観る人自身の要因があると思います。わざわざ映画館まで足を運んで、レンタルでDVDを借りるよりも高い料金を払って観るわけなので、観るまでに費やした時間やお金に見合う満足感を得ようとする気持が自然と大きくなると思います。言ってみれば「映画を観ることへの気合の入り方」が、普段よりも格段に上がるのです。

 こうした観る人を取り巻く物理的な要因と観る人自身の要因の相乗効果によって、没頭が可能になります。実は、もう一つ、「映画の出来映え」という極めて重要な要因があるのですが、たとえ「映画の出来映え」が今一つであったとしても、先述の2つの要因の相乗効果によって、そのマイナス面が目立たなくなることはよくあります。

 ところで、映画に没頭している時間は、日頃、頭から離れないような「心配事」のようなものを考えない時間となることから、その心配事から少し距離を取ることができます。もちろん、没頭している時間が終了した後は、また、その心配事と向き合うことになるのですが、少しの間でも、頭から離れる時間があったことによって、心配事が違ったものに感じられることはよくあります。心配事と距離を取ったことで、心配事をより客観的に見ることが可能になるためと考えられます。

 このように、私にとっての「没頭体験&心配事の変化」を生み出すものは、映画館での映画鑑賞ですが、皆さんの場合はどうでしょうか?

 ちなみに、運動や読書など、手軽に没頭できるものがあると、それを小まめに行うことによって、心配事との適度な距離を保ちやすくなるでしょう。一方、旅行などの趣味は、それを実行している最中だけでなく、それに向けた準備をするというプロセスも「没頭体験」になりますので、少しずつ、楽しみながら準備を進めることが、心配事との適度な距離を取ることにつながっていきます。

 言うまでもなく、健康によくないことに没頭することはお勧めできませんが、健康上のリスクがない何かに没頭できることは、「楽しい」という感情を経験するためだけではなく、心配事とうまく付き合っていくためにも、非常に大切であると思います。(S.M.)