年の瀬ですね。今年は、記憶を水で薄めたような1年だったと個人的に感じています。コロナ禍で目まぐるしく変化する状況や環境に適応することに必死でした。経験を振り返ったり心に留めたりするのが難しかったのだろうなと思っています。皆さんにとってはどのような1年でしたでしょう。

今日は、自分を自分の主治医に仕立てあげることについてお話してみます。それが認知行動療法の目的の一つではないかと考えています。

心身いずれの病に限らず、病院に行くと問診票を渡されます。どこがどのように不調か、その不調はいつからどのくらい続いているのか、生活やその他の体調はどのようか等々を、まずは自分で思い返し、文字にして報告することを求められます。自身の不調を医師と共有するため、客観的に意識する大事な手続きです。いざ診察では、医師が問診票を参照しながら、よりポイントをついた質問をしたり、不調の正体を精査するために必要な検査を追加します。ある程度のデータがそろったら、医師からの処方…不調を取り除いたりやわらげたりするための薬が出されたり、生活態度に関する助言があったり、場合によっては手術が計画されたりします。当面何もしないという経過観察の措置が取られることもあるでしょう。医師は、その人の現不調、病に対して、どのような手を打てばよいか、知識を持っておりその中からどの方法が適切かを選択する術を知っています。

これを、自分自身の心の手当にあてはめてみます。気分が滅入る、不安が募る、やる気が出ない…自分の不調に対して、認知行動療法では、これはいつからだろう、何かきっかけがあっただろうか、どんな風につらいのかといったことを、自分で振り返り、記録を付けて言語化します。自分に対する問診です。その作業を続けていると、次第に自分の不調の正体について、何が起こっているのかおおよその当たりをつけられるようになります。
次にそのような状態の自分に対して、どんな処方が適切か、最適な処方を見繕い、タイムリーに施せるようになるための試行錯誤を重ねます。この場合、処方の内容は様々です。「こんな風に考えると気持ちが軽くなる」という考え方を処方するのか、好きなことや楽しみごとを与えてみるか、誰かにに相談するという案を提示するか、今までと異なるやり方を試してみるか、とにかく寝るのが一番と睡眠をとるか。処方可能な手持ちの策は、バリエーションの富み、多いに越したことはありません。ある処方が上手くいかなかったとしても、いくつもの手が控えているから大丈夫と、自分に言ってあげられます。

自分で自分の状態を把握できるようになること、自分に対するベストな処方箋を出せるようになること。自分が自分の主治医になり、必要な時に自分をケアできるようになれば、生きることが楽になるかもしれないと思います。(M・E)